今回、お話を伺ったのは、自動車関係のお仕事をされている渋谷さん。
自動車関係の仕事は、この世に自動車が普及し始めた頃、つまり古くからある仕事である
―月並みな質問ですが、いまのお仕事に行きつくまでのことをお聞かせ下さい。
もともとモノをいじるのが好きで、本当はIT関連の道に進みたかったんです。
高校でもパソコン部に所属していたのですが、帰宅部のようなところで、ちゃんとした機材もなくて。
それで、結局、整備士の専門学校に進学したんですよ。
―モノいじりが好き、という人には良かったんじゃないですか?
周りの人たちは、入るまでに車、バイクが好きで自分でいじってたとか、そういう経験があるんですが、自分はゼロ。
最初は結構焦ったし、相当、悔しい思いもしました。
それでネジの構造とか、基本的な部分を学び、まずは周りに追いつこうというところから始めました。
そんな日々を送っていたら、どんどん知識や技術が身について、学校の勉強を追い越すまでになりました。
その後、無事、整備士の資格を取得した渋谷さん。
大手メーカーに就職を志すも競争率が高く断念、社会の厳しさをひしひしと感じながら全国大手チェーンに入社する。
―そこでは、どんな仕事をされていたんですか?
配属された店舗は、分解整備が出来る国交省の認証工場だったのですが、お客様に対しては整備だけでした。
これって整備士じゃなくても出来るし、せっかく認証工場になっている店舗なんだから、と勝手に分解整備の仕事をやり始めたんです。
でも、独りでやってても限界があるわけで。
正直、物足りなさを感じていたら、当時の上司が「勉強してこい」と工場を紹介してくれまして。
行ったら、整備工場といっても、作業場は砂利の駐車場みたいなところにカーポートと事務所がひとつあるだけで。
どこかよそに持って行って作業するのかと思ったら、ここでやるんだよ、と(笑)。
道具も一般家庭にあるような工具箱に入ったハンドツール、どの車にも積んである手回しのジャッキだけ。
そこで、いきなりセドリックのターボ付きV8エンジンを直せ、と言われました。
正確にはヘッド・ガスケットの交換だったんですけど(※ヘッド・ガスケットとはエンジンの要ともいえるシリンダー・ヘッドとシリンダーの間に挟まっている鉄や紙などで造られた部品同士を密着させ、かつ気密性をもたせたパッキンのようなもの。経年劣化でこれが抜けるとエンジンからオイルが滲んだりする)、本当にこんなのでオーバーホールできるの?と思ったんですけど「できる」と断言されまして(笑)。
2週間くらいかけてやっと組み付けが終わり、火を入れたら何かがおかしい。
エンジンを見たら、うっすらとオイルが滲んでいる。
なんだかんだで1ヶ月くらいかかりました。
技術や経験のある人なら1~2日で出来るのかもしれませんけど(笑)。
やっと組み上げた時、その店の方、私にとっての師匠からは
「お前に足りないのは自信。何かを使ってどうするのか、じゃなくて、今そこにあるもので結果を出す。それが自信に繋がっていく」
という言葉を頂きました。

そういう「修行」を働きながら3年続けた渋谷さんだが、やはりディーラーでの整備を知りたくてメーカーの門を叩く。
―ここも誰もが知っている大手ですね。
はい、内定も頂いたのですが、話好きの性格だったからでしょうね「営業部門で」という話になったんです。
ただ、自分は営業ではなく、整備で働きたかったのでお断りしました。
それから、縁あってドイツ車販売で有名な日本総代理店の下請け工場に入社しまして、そこは仕事が完全にシステム化、マニュアル化されていて、バルブ(電球)交換にしても、長々と診断書を書かされるんですね。
整備の世界は自分の理想とは違う、という気持ちから、整備士の仕事も辞めようとさえ思っていました。
そんな時、埼玉の小さなバイク店で働くことになりまして。
入ってから知ったんですけど、実はバイク屋といっても、メーカーの正規販売店で、組織としては大きかったんですよ。
そこで3年働いて、新しいお店を展開する、ということになって、そちらを担当することになりました。
当時、ディーラーというと、車でいうところの高級車販売店のような、店の人間も物静かで、お客様も静かに入ってきて、いよいよ近づいてきたら声をかける。
―何となく分かります。ショールームのようで、格式が高いですよね。
私はそういうのが嫌だったので、若い店員を引き連れて、もうお店に来るのが分かった時点で「いらっしゃいませ」と大きな声でいいなさい、と。
店の雰囲気もだんだん変わっていって、いままでのお客様からも「何か変わったね」と言ってもらえるようになりまして。
正規ディーラーだから高級感を出す、といった感じもいいんでしょうけど、やっぱり、お客様との距離感を近くしたり、入りやすい雰囲気にした方がいいんじゃないかと思ってました。
それで結果的に売上も伸びました。

―整備やサービスの内容も大事だが、スタッフの「人」を売ることにウェイトを置いた渋谷さん。会社からの評価も高くなり、新規店のオープンが決定、社内では渋谷さんに中核スタッフとしての白羽が立つが…
もともと自分で何かをやりたい、ということもあって、もし、新店舗の店長になったら辞められない、ということで退職しました。
退職してからは、実家の仕事を手伝ったりしたのですが、家族経営ということもあって、いろいろぶつかり合うことがありまして。
もう、この仕事もやめよう、と取引先とも連絡も断ち切ったりしていたのですが、周りの人たちがいろいろ励ましてくれたり、声をかけて下さったりして。

―それでも、一度閉ざした扉は重かった。何がきっかけで、再び整備士の世界に戻ることになったのだろうか。
友人たちが言ってくれたのは「もう一度やれ」ではなくて、自分を見つめ直す時間をつくったら、ということでした。
で、いまの自分に何が残っているのか、自分の手を見た時に、整備しかなかった。
じゃあ、もう一度、やってみようかな、と。
で、そこからは早かったですね。
もちろん、お店を構えるまでには周りの方々が力を貸して下さって。
なかには、出資とか資金面で支援してくれる、という声もあったんですけど、そういうのは嫌だったので、まずはネット通販からやろう、と。
9割方、ネット通販で売上をつくって、だんだんその割合も逆転して、いまは9割が店舗での売り上げになっています。
―それはすごいですね。結果論ですか?それとも狙った上での結果でしょうか。
ネット実績と店頭実績の反転につきましては、狙っていないといえば嘘になりますが、店舗の立地状況から見て、集客を取り込むのは非常に困難な場所と認識してました。
その中で、自分の自信が持てるポイントとして整備経験と対人とのコミュニケーション能力は高いのかなと思っており、ネットを使って販売というよりはまず足を運んでもらう事、また電話等の問い合わせでもまずは来ていただき商品を見ていただきたいとお伝えしますが、来店していただいたお客様へ商品を案内するのはもちろんですが、一番は私自身を知ってもらいファンになってもらいたいとの思いが強いですね。
もちろん自分をアピールするだけでファンが出来たらアイドルは存在しないと思いますので、整備全般の知識や経験の他、一般ユーザーの目線や生活のルーツ等も情報を得て、来ていただいた方にとって一番良い形に応えられるよう引き出しを準備していくことがコツなんでしょうかね(笑)。
自分自身、器用な方ではないと思っていますので準備した物を本気でぶつけている感じですね。
結果、ファンになっていただいた方が人を連れてきてくれているのが現状ですが、まさか1年やそこらで、ここまで逆転するとは考えていませんでした(笑)。

―渋谷さんの口から何度も出てくる「人との付き合い」「周りの人たちの助け」「コミュニケーション」。ネット上での広告戦略にも力を入れているが「会社を知ってもらうことよりも、まずは自分を知ってもらうことが重要」と言い切る。そんな渋谷さんの宝物は何だろうか。
やっぱり、人ですよね。
お客さんも、友人も、自分の周りに居る人たち、関わってくれている人たちですよね。
ぶつかりあったりすることもありますけど、自分を成長させてくれますし。

過去のエピソード、まだ計画段階の新規プロジェクを語る時も「何をしたか、何をするか」ではなく「誰と」「誰に」という具合に、渋谷さんが軸にしているのは「人」だ。
そして、自身と関わる人がどうやったら幸せになるのか、真剣に考えているのが伝わってくる。
「設備では、大きなディーラーには負けちゃいますけどね」と照れ臭そうに笑う渋谷さんだが、たくさんの人がお店を尋ねてくるのは技術力もさることながら、渋谷さんの人柄によるものが大きいのだろう。まだまだやりたいことも沢山あるらしいので、これからの渋谷さんから目が離せない。
(執筆: 竹田)
ひと:渋谷誠さん
しごと:自動車関連業 Weed
ところ:〒985-0004 宮城県塩竈市藤倉2-11-15
サイト:HP